柤岡村(読み)けびおかむら

日本歴史地名大系 「柤岡村」の解説

柤岡村
けびおかむら

[現在地名]村岡町柤岡

熊波くまなみ村の北西にあり、近世までは二方ふたかた郡に属していた。集落は柤岡高原南方の山腹に形成され、矢田やだ川水系に属するが、柤大池がある同高原の北側は春来はるき川の水源地帯をなす。集落西方には中村氏の居城と伝える中世の柤岡城跡がある。永正一一年(一五一四)一二月一九日の温泉庄名田写(東京大学史料編纂所蔵)によれば、同庄則俊半名の年貢は「ケミノヲカ中島方」の請負であった。弘治三年(一五五七)の「但馬国にしかた日記」には「けミの岡」とみえ、当地には中村左京丞殿・中村和泉殿ほか中村氏の一族や「さかを殿」などが住していた。

慶長六年(一六〇一)因幡国若桜藩領、同一〇年頃に旗本宮城領となり、寛永二〇年(一六四三)宮城氏が無嗣断絶となったために幕府領、寛文八年(一六六八)には豊岡藩領となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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