柳瀬出村(読み)やなぜでむら

日本歴史地名大系 「柳瀬出村」の解説

柳瀬出村
やなぜでむら

[現在地名]志雄町出浜ではま

柳瀬村の西、日本海に面する海岸砂丘上の村で、柳瀬村の枝村。慶長一七年(一六一二)柳瀬の村民により村立てされた。同年一二月七日「新村」の百姓に対して出された前田利光の網銭印物(出浜区有文書)に「羽喰郡之内、今浜与ちり浜之間ニ新村を相立、網壱箇可仕旨尤候。網銭之儀壱箇ニ付三ケ年之間者八百文宛、四年目よりハ壱貫五百文宛可致運上候」とみえ、新網一統を設置して新村とした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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