柵之沢村(読み)ませのさわむら

日本歴史地名大系 「柵之沢村」の解説

柵之沢村
ませのさわむら

[現在地名]下山村花沢(はなざわ)

標高六八三・五メートルの炮烙(ほうろく)山の西南麓に位置し、東は大沼(おおぬま)村、南は花園(はなぞの)村、西は槙田和(まきがたわ)村、北は現豊田市に接する。集落は小起伏面上の山麓に点在。県道坂上―花沢線が通る。寛永一二年(一六三五)当時、刈谷城主松平忠房領。慶安四年(一六五一)大島(おおしま)村(現足助町)に陣屋を置く旗本石川貞当の知行地となり明治に至る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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