日本大百科全書(ニッポニカ) 「柿本朝臣人麻呂歌集」の意味・わかりやすい解説
柿本朝臣人麻呂歌集
かきのもとのあそみひとまろのかしゅう
略して「人麻呂歌集」ともいう。歌集としては現存しないが、『万葉集』中には、「人麻呂歌集」から採録した歌が364首ある(数え方には異説がある)。すなわち、巻3に1、巻7に56、巻9に44、巻10に68、巻11に161、巻12に27、巻13に3、巻14に4首を収載する。『万葉集』が歌集歌を古歌として尊重する態度はその編纂(へんさん)の仕方に明らかに認められる。歌集歌の表記も本来の形を温存したものとみられるが、その特異な書式が注目される。助辞を少なくしか表記しない略体表記の歌と、より多く表記する非略体表記の歌との2類が存するが、略体→非略体と、人麻呂によって書き継がれたととらえられ、表記史的にみて天武(てんむ)朝~持統(じとう)朝初期の段階のものと位置づけうる。なお、歌集の原体裁として、略体歌部・非略体歌部の2部に分かれ、略体歌は「寄物(きぶつ)陳思」の場合「寄物」による分類、非略体歌は季節分類がなされていたと考えられる。『万葉集』中で題詞に人麻呂作と明示する歌に先行するものとして、この歌集の歌を含めて人麻呂の作歌活動を展望することができる。
[神野志隆光]