柿町通(読み)かきまちどおり

日本歴史地名大系 「柿町通」の解説

柿町通
かきまちどおり

垣町かきまちとも記した。宮川みやかわ筋六町目と同七町目の間より東へ向かい、大黒町だいこくまち通・建仁寺町けんにんじまち(大和大路)を横切る街路。西河原町・東河原町が位置する。

京都巡覧記(天保二年刊)に「松原南裏 古宮川筋より建仁寺町迄」と表示しているのが、これにあたる。建仁寺領新家地の造成に伴って開通した通りと思われ、寛保初京大絵図に「カキ丁」と現れる。

なお紛らわしいことには、承応二年(一六五三)新改洛陽並洛外之図及び寛文二年(一六六二)新板平安城東西南北町並洛外之図では大黒町通に「上石垣町」を併記し、更に元禄九年(一六九六)京大絵図では大黒町通を下石垣しもいしがき町とよび、宝暦一二年(一七六二)刊「京町鑑」では森下もりした町・金屋かなや町をさして単に垣町と称するとする。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 金屋 森下 石垣

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む