日本歴史地名大系 「栃倉遺跡」の解説
栃倉遺跡
とちくらいせき
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
… 縄文時代の土偶の特徴は,発見例は少ないが,特殊な遺構に伴うもののあること,完全な形で出土することはほとんどなく,破損することが目的で製作されたとも考えられること,また女性,とくに妊娠している姿を写実的に表現したもののあること,などであるが,これらを併せ考えると,土偶の意義や目的は単一ではなかったようである。特殊な遺構で発見された土偶は,土壇や台石の上に置かれていたとみなせるもの(新潟県栃倉遺跡),土器片や石で囲ったなかに置かれていたもの(千葉県加曾利貝塚,岩手県雨滝遺跡,山梨県中谷遺跡など),石囲いに蓋石をのせる例(山形県杉沢遺跡,群馬県郷原遺跡)などがある。これらはなんらかの儀式や葬制に関連する役割を考えられるし,破損されるのはけがや災害の身代りに託しての祈りに関係するであろう。…
※「栃倉遺跡」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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