根路銘村(読み)にみむら

日本歴史地名大系 「根路銘村」の解説

根路銘村
にみむら

[現在地名]大宜味村根路銘(ねろめ)・上原(うえはら)

山地が東シナ海に迫るわずかな平坦地に立地し、西は東シナ海に臨む。ミーミともよぶ。北の村外れを根(に)路銘(み)川が流れ、南は塩屋(さー)村。間切所属の変遷は塩屋村と同じ。絵図郷村帳に国頭(くんじやん)間切「ねるめ根(村)」とみえる。琉球国高究帳では同間切「ねるめ村・塩屋村」として高付されている。「琉球評定所僉議」康熙二九年(一六九〇)の項によると、頭数(当時の全人口を示すかは未詳)は一二五。根路銘村には大宜味間切の脇地頭が置かれ、慶世村親雲上とよばれていた(「琉球藩臣家禄記」琉球藩雑記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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