桂林寺跡(読み)けいりんじあと

日本歴史地名大系 「桂林寺跡」の解説

桂林寺跡
けいりんじあと

[現在地名]那覇市松山一丁目

近世の久米村北東部にあった浄土宗寺院。万暦三一年(一六〇三)に来琉した浄土宗名越派の僧袋中が創建(袋中上人伝)。袋中は琉球滞在中に尚寧王や儀間真常の帰依を得、浄土宗(垣花念仏)を広めた。三年後に袋中が帰国すると当寺は衰えたとみられるが(琉球国由来記)、袋中上人像(檀王法林寺蔵)の琉球国王尚寧画賛には当寺の開創などについての記述がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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