桃里恩田遺跡(読み)とうざとおんだいせき

日本歴史地名大系 「桃里恩田遺跡」の解説

桃里恩田遺跡
とうざとおんだいせき

[現在地名]石垣市桃里

大里(おおざと)集落の北方約一キロ、国道三九〇号沿いにある通称ペーフ山とよばれる標高四〇―四五メートルの琉球石灰岩台地を中心に南側裾野にかけて立地する。北側に通路(とうーりい)川が流れ、東側には発達したサンゴ礁が広がる。一四―一五世紀頃のグスク時代の集落遺跡で、県指定史跡。一九七四年(昭和四九年)に発見され、七六年に発掘調査が行われた。層序は地山を含めて三枚でII層が文化層。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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