桑野城跡(読み)くわのじようあと

日本歴史地名大系 「桑野城跡」の解説

桑野城跡
くわのじようあと

[現在地名]阿南市桑野町 岡元

栗栖くりす城ともいう。桑野盆地の南端近くにある。山尾根が低くなり細長く延びて台地状になった先端に立地し、周囲との高低差は約六メートル。東・南・西の三面は水田などの低地になっているが、往時湿地であったと推測される。城内は万福まんぷく寺の境内になっていて、南北六六メートル・東西三三メートルの曲輪と、その南側の南北二六メートル・東西三二メートルの曲輪からなる。城の周囲には自然の水路を利用したような濠跡が部分的に残っている。当城の南東三〇〇メートルの桑野町いけうち畑山はたやま城跡がある。標高は五五メートル。比高四〇メートルの小山に築かれた山城で、同心円の階段状に曲輪が築かれていたため、引臼ひきうす山ともよばれている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む