桜台町(読み)さくらだいまち

日本歴史地名大系 「桜台町」の解説

桜台町
さくらだいまち

[現在地名]大多喜町桜台

久保(くぼ)町の南、大多喜往還に沿う両側町。城下七町の一。同往還は当町で北に鉤形に折れている。慶安二年(一六四九)の大田喜根小屋地詰帳(小高家文書)に桜台町とみえ、田畑屋敷反別八町三反余。元禄郷帳では高七〇石余。享保期(一七一六―三六)の軒数六四、すべて屋敷間口八間までで、三間が三八と多い。東裏に福寿(ふくじゆ)院・正福(しようふく)寺がある(「大多喜城下絵図」渡辺家蔵)。寛政五年(一七九三)の上総国村高帳では高五九石余、家数七一。安政四年(一八五七)の根古屋高覚帳(渡辺家文書)でも同高で、田一町一反余・畑六町余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

1 多数の語を集録し、一定の順序に配列して一つの集合体として、個々の語の意味・用法、またはその示す内容について記したもの。語のほかに接辞や連語・諺なども収める。また、語の表記単位である文字、特に漢字を...

辞書の用語解説を読む