桜塚村(読み)さくらづかむら

日本歴史地名大系 「桜塚村」の解説

桜塚村
さくらづかむら

[現在地名]豊中市北桜塚(きたさくらづか)一―四丁目・中桜塚(なかさくらづか)一―五丁目・南桜塚(みなみさくらづか)一―三丁目・岡(おか)町北(きた)一丁目・同三丁目・岡(おか)町南(みなみ)一丁目・勝部(かつべ)一丁目・同三丁目など

豊中台地の中央部に位置し、伊丹(いたみ)道と能勢(のせ)街道(池田道)の交差する岡町村を含んで村域がある。原田(はらだ)七郷の一村(元禄郷帳)。地名の由来は当地にあった桜塚古墳といわれ、その跡は原田神社の鳥居前、能勢街道の東側に石碑が建つ。そのほか三十六塚といわれる桜塚古墳群があり、この地に有力な地方豪族のいたことを示している。中世には春日社領垂水西(たるみのにし)牧六車(むぐるま)郷に属した。文治五年(一一八九)三月の春日社領垂水西牧榎坂郷田畠取帳(今西家文書)には「桜墓神」の社領が含まれ、延応元年(一二三九)の垂水西牧穂積村領家名寄帳(同文書)には「桜塚神」の神田が記載されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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