桜間郷(読み)さくらまごう

日本歴史地名大系 「桜間郷」の解説

桜間郷
さくらまごう

和名抄」高山寺本は誤って当郷を麻殖おえ郡の項に記し、「佐久良末」と読む。同書伊勢本・東急本は「佐久良万」と読み、同書名博本は「サクラマ」と訓を付す。平城京二条大路跡出土木簡に「桜間郷日下部国万呂小豆五斗」とある。この郷について、「阿波志」は「村存」として名西郡桜間村(現石井町)を郷の中心とみなしているようであるが、それ以上に踏込んではいない。「阿府志」は「今モ名東桜間在加茂野一楽抔遍ナラン」としており、その広がりは加茂野かもの市楽いちらく(現同上)およびおそらくは両者の中間に位置する西桜間(現同上)など旧名西郡高川原たかがわら(現同上)のうちの郡境に接している平野地帯ではないかとしているが、桜間の名が名東みようどう郡側(現徳島市)にあることを指摘しているように、この郷の広がりを名西郡に限定することに疑問をもっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む