桶廻間村(読み)おけはざまむら

日本歴史地名大系 「桶廻間村」の解説

桶廻間村
おけはざまむら

[現在地名]緑区有松ありまつ桶狭間おけはざま

北は有松落合おちあい(現豊明市)の各村に接し、山間の地にある。「徇行記」によれば、田は湿田が多く、麦を田に作付ける所約一割、畑には麦・木綿・大豆などがよく実る。煙草は前後煙草の名に総称され土地に合った作物であった。農閑期には婦女有松絞をし、男は黒鍬稼に出る者もあった。

永禄三年(一五六〇)桶狭間の戦の戦場となった。今にいうセナやぶまたはセンノ藪は、今川義元の家臣瀬名氏俊が先発隊として着陣した所といい、近くに氏俊が部将を集めて評議した所と伝える「戦評の松」があった(伊勢湾台風の被害により枯死)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む