梅島(読み)うめのしま

日本歴史地名大系 「梅島」の解説

梅島
うめのしま

「増鏡」(二〇巻本)に後嵯峨上皇が宝治二年(一二四八)一一月二一日頃、宇治に遊幸し、「又の日の暮つ方、御舟にて、まきの島、梅の島、橘の小島など御らんぜらる。御あそびはじまる。船のうちに楽器ども設けられければ、吹きたてたるものの音、世にしらず、所がらは、ましておもしろう聞ゆるに」とある。梅島について近世の地誌「山州名跡志」は「在興聖寺南二町許川中、伝云、此所竜穴なり。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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