梅戸城跡(読み)うめどじようあと

日本歴史地名大系 「梅戸城跡」の解説

梅戸城跡
うめどじようあと

[現在地名]大安町門前 天水

員弁川右岸、標高八四メートルの俗に光蓮寺(こうれんじ)山とよばれる丘陵上に位置する。遺構としては、本丸(ほんまる)・二之丸(にのまる)とよばれる平坦地があり、土塁や空堀の一部が残っている。「員弁雑志」によれば城主を北勢四十八家のうち春日部氏(桑名雑記)、小坂氏(北伊勢軍記)とする説もあるが、梅戸氏と考えてよかろう。築城について「五鈴遺響」は近江守護佐々木六角義賢(一説に高頼)の四男が田光(たびか)城(現三重郡菰野町)の城主となり、梅戸左衛門尉高貫(一説に左近大夫高実)と称して梅戸城を築いたとしている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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