梶田村(読み)かじたむら

日本歴史地名大系 「梶田村」の解説

梶田村
かじたむら

[現在地名]甲奴町梶田

西北に流れる上下じようげ川沿いに耕地が開け、北東福田ふくだ村より流れ出る友森とももり川や、西南の世羅郡宇賀うが(現甲奴町)より出る宇賀川の谷にも集落がある。東南は西野にしの村。応仁三年(一四六九)三月二一日付の山内直通宛宮田教言書状(山内首藤家文書)に「矢野の内かち田・ほん郷両所」とみえ、矢野やの庄に含まれた地と思われる(→本郷村。「賀地田」とも記される(明応元年一二月五日付「山名俊豊書状」山内首藤家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む