棚下村(読み)たなしたむら

日本歴史地名大系 「棚下村」の解説

棚下村
たなしたむら

[現在地名]赤城村棚下

沼田盆地を貫流した利根川が赤城・子持こもち両山によって押し狭められた部分の東岸に位置し、東は長井小川田ながいおがわだ村。集落は高さ一〇〇メートルにも及ぶ赤城山麓崖の絶壁の下、河床上を南北に走る旧清水しみず峠越往還の両側に家屋の並ぶ街村。この絶壁のため近代初頭まで交通不便の地であった。永禄一〇年(一五六七)と推定される三月二五日および二六日の北条景広宛上杉輝虎書状(奈良原文書)に地名がみえ、当時棚下は長尾氏が支配していたことが知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む