森垣村(読み)もりがいむら

日本歴史地名大系 「森垣村」の解説

森垣村
もりがいむら

[現在地名]生野町口銀谷(くちがなや)

口銀屋(くちがなや)町に南接、両国(りようごく)川(溝川)が流れる。生野街道筋で、「但州湯嶋道中独案内」に生野銀山の入口の里と記される。播磨国神西(じんさい)郡に属する。播磨国慶長国絵図に「もりかい村」とみえ、別に「もりかい」とあるのは街道筋の宿場をさすものか。正保郷帳に森垣村とみえ、田高二二石余・畑高九四石余。銀山町に通じるため番所が置かれ、播磨口と称された。また宿場町の景観を呈していた。天和元年(一六八一)の免状(生野史)では永荒引により高一一四石余で取四五石余、見取四五石余で大豆納四石余、小物成上銀一五匁六分。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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