コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

森山孝盛 もりやま

3件 の用語解説(森山孝盛の意味・用語解説を検索)

美術人名辞典の解説

森山孝盛

国学者、通称源五郎、闇窓と号す、江戸赤坂清水谷に住す。国学、和歌をよくす。著書に『賎のをだ巻』閑窓新語等あり。文化12年(1815)歿、78才。

出典|(株)思文閣
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

森山孝盛 もりやま-たかもり

1738-1815 江戸時代中期-後期の武士。
元文3年生まれ。幕臣。松平定信に重用されて先手鉄砲組頭,火付盗賊改(あらため)などをつとめ,文化6年鑓(やり)奉行となった。国学,和歌にくわしく,随筆に「賤(しず)のをだ巻」「蜑(あま)の焼藻(たくも)」などがある。文化12年5月14日死去。78歳。通称は源五郎。号は闇窓。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

森山孝盛

没年:文化12.5.14(1815.6.21)
生年:元文3(1738)
江戸中期の幕臣。文人。熊五郎,源五郎。父盛芳,母は諏訪頼安の娘。兄盛明の養子。大番士から小普請組頭となったが,中年まで役職に所を得なかった。松平定信政権になるとその信任を得て,御徒頭となり布衣を許された。寛政3(1791)年目付に進み,さらに先手鉄炮頭となり,火付盗賊改の加役を命ぜられ,さらに西丸持頭を経て文化6(1809)年鎗奉行に進み,9年辞した。学識の高い文人としても知られ,文筆を得意とし,また和歌にも励んだ。『自家年譜(森山孝盛日記)』(内閣文庫蔵)が現存し,他に随筆『蜑の焼藻』や『賤のをだ巻』などの著作がある。

(山田忠雄)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の森山孝盛の言及

【賤のをだ巻】より

…随筆。森山孝盛著。1802年(享和2)の自序がある。…

※「森山孝盛」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

森山孝盛の関連キーワード藤山惟熊五郎源五郎源五郎鮒五郎助綾川五郎次熊さん・八っつぁん土生熊五郎松永鉄五郎(2代)松永鉄五郎(3代)

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone