古代ペルシアのアケメネス朝10代目の王(在位前486~前465)。ダリウス大王の子。長男ではないが、ダリウスの命により、その死後、大王となった。エジプトの反乱を鎮圧したのち、父の遺志を継ぎ、陸路に重点を置いてギリシア世界に遠征した(ペルシア戦争第2回遠征)。このとき、ボスポラス海峡にボートで架橋して軍隊を渡河させたと伝えられる。しかし、紀元前480年サラミスの海戦で敗北すると、気弱な性格のこの王は早々とアジアへ撤退し、ペルシア戦争はギリシア側の全面的勝利に終わった。帰国後クセルクセスは、いっさいの復讐(ふくしゅう)を断念し、宮殿などの建造に精力を傾け、ダリウスが未完成のまま残したスーサやペルセポリスの宮殿を完成した。また、国家宗教(おそらくゾロアスター教)を普及しようとも努めた。だが、その宮廷生活は奢侈(しゃし)に流れ、宮廷内にはさまざまな陰謀が絶えず、ついに前465年、宮廷内で息子とともに暗殺された。彼以降アケメネス朝は没落への道を歩んだ。
[森 茂男]
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...