…近世大名。尾張国の出身。重俊は徳川秀忠に仕え,1609年(慶長14)3000石を知行。大久保忠隣の改易に連座して一時除封されるが,27年(寛永4),許されて下総生実(おゆみ)1万石の大名となる。32年重俊は秀忠に殉死。その後,幕末に至るまで森川氏の生実領有が続いた。当主は従五位下出羽守,内膳正などに叙任。しばしば奏者番,若年寄などの要職就任者を出す。維新後は子爵。【大森 映子】…
※「森川重俊」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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