椎崎村(読み)しいざきむら

日本歴史地名大系 「椎崎村」の解説

椎崎村
しいざきむら

[現在地名]山武町椎崎・日向台ひゆうがだい

もり村の北に位置し、作田さくだ川が南東流する。当地の在地武士に千葉輔胤の子椎崎道甫がおり、永正八年(一五一一)に没している(千学集抄・本土寺過去帳)東宿谷ひがししくやつの椎崎城跡は椎崎氏の居城と思われる。文禄三年(一五九四)の上総国村高帳に村名がみえ、高六四二石。正保国絵図では高六六二石。寛文八年(一六六八)の鷹場五郷組合帳では木原組に属し、旗本山崎領。元禄一三年(一七〇〇)の下総結城藩領知目録に村名がみえ、高八六四石余、ほかに林七ヵ所二九町七反余。元禄郷帳では高一千三一石余。寛政五年(一七九三)の上総国村高帳では家数一〇四。享和四年(一八〇四)の武射・山辺両郡村々高帳では結城藩領のほか旗本橘領一六七石余があり、以後領主は幕末まで同じ(旧高旧領取調帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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