椒里村(読み)はじかみさとむら

日本歴史地名大系 「椒里村」の解説

椒里村
はじかみさとむら

[現在地名]有田市初島はつしまさと

椒浜はじかみはま村の東に位置、海部あま郡に属し南は有田郡箕島みのしま村、北は海部鰈川かれがわ(現海草郡下津町)。「続風土記」に「皆広平の地に在て山あり海あり(中略)蜜柑を多く植て生業の助とす」とあるが里村は海に面していない。また同書に「中世東西と分て当村を東椒とし、浜村を西椒とす」とあるように中世には東椒と称した。貞応三年(一二二四)頃の宣陽門院所領目録(島田文書)に「新御領自上西門院被進之」の一としてみえる「紀伊国東桝庄」は当地のことと思われ、文亀元年(一五〇一)六月一一日付で本願寺九世実如が下付した方便法身像(安楽寺蔵)裏書に「紀伊国有田郡東椒村道場願主道順」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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