楚辺村(読み)すびむら

日本歴史地名大系 「楚辺村」の解説

楚辺村
すびむら

[現在地名]読谷村楚辺(そべ)・大木(おおき)

渡具知(とうぐち)村の北の広大な平地にあり、西は東シナ海に面する。北は座喜味(ざちみ)村。絵図郷村帳には「そべ村」とみえ、琉球国高究帳では「そへ村」は畠七五五石余。近世の脇地頭に禰覇親雲上がおり(「琉球藩雑記」・向姓伊志嶺家家譜など)、楚辺村と禰覇(ねは)村が合併したとの伝承がある。「中山伝信録」には読谷山(ゆんたんじや)間切のうちに楚辺村はなく「根波」とみえる。「おもろさうし」にはオモロ歌唱者として巻八の「おもろねやかりあかいんこかおもろ御さうし」の八一「あおりやへかふし」に「あかのおゑつきや」「ねはのおゑつき」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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