楮佐古村(読み)かじさこむら

日本歴史地名大系 「楮佐古村」の解説

楮佐古村
かじさこむら

[現在地名]物部村楮佐古

高板こうのいた山の西方の谷に源を発して南流、上韮生かみにろう川に入る楮佐古川の流域に集落が点在し、下流東方は神通寺じんつうじ上池かみいけ・下池の三村、西方は神賀じんが山の尾根を隔てて柚木ゆのき猪野々いののの諸村(現香北町)。「土佐州郡志」は「東西二十一町南北一里十町、戸凡五十、其土赤、楮佐古・川之内、惣名楮佐古村也」と記す。

韮生郷に属し、天正一六年(一五八八)の韮生谷地検帳には、梶佐古名が上池ノ村に二筆一反一一代四歩、梶佐古村に二〇筆三町三二代、川ノ内村に一筆二〇代が記され、いずれも梶佐古松王の給地とある。なお梶佐古村は梶佐古名が大部分を占め、一部下池名・上池名が加わっている。江戸時代の当村の範囲と思われる梶佐古村・川ノ内村の山畠屋敷は一六筆だが居屋敷は一筆のみ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む