槙岡新田(読み)まぎおかしんでん

日本歴史地名大系 「槙岡新田」の解説

槙岡新田
まぎおかしんでん

[現在地名]巻町並岡なみおか

並木なみき村の西に位置する。当新田と並木村を大字並岡と称している。並木村の枝郷。慶安五年(一六五二)長岡藩検地を受け、村高一五四石七斗余、反別下田一二町八反九畝余(安永七年「村明細帳」星野家文書)で、明治まで村高の変化はなかった。また正保二年(一六四五)並木村九十郎の開発で九十郎新田と称し、貞享三年(一六八六)並木村と分れて槙岡新田と称し、弘化三年(一八四六)槙岡村外新田と改めたという(西蒲原郡誌)。元禄二年(一六八九)三代康重の時与板藩領となった(村明細帳)。同一五年康重の信州小諸への所替とともに上知され、幕府領となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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