槻木新田村(読み)つきのきしんでんむら

日本歴史地名大系 「槻木新田村」の解説

槻木新田村
つきのきしんでんむら

[現在地名]茅野市泉野いずみの 上槻木かみつきのき下槻木しもつきのき

大泉おおいずみ(一一一五メートル)の東方にあり、やな川に沿う。集落は上槻木・下槻木に分れる。正保三年(一六四六)の開発で、親村は古田ふつた村、見立役人は両角外太夫、草分人は東条氏(諏訪史)というが、槻木文書(槻木共有)には「永禄年中開発候処、天正年中日根野織部正様御城普請人足ニ召被仕難儀ニ付立去候慶長之後立帰候 古田村之内 槻木新田」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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