樋口甚蔵(読み)ひぐち じんぞう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「樋口甚蔵」の解説

樋口甚蔵 ひぐち-じんぞう

1747-1796 江戸時代中期の豪農
延享4年1月29日生まれ。献金して筑後(ちくご)(福岡県)久留米(くるめ)藩の士分となる。京都で西依成斎(にしより-せいさい)にまなぶ。寛政7年焼失した藩校修道館の再建に際し樺島石梁(かばしま-せきりょう)の依頼で300両を提供。新校舎は翌年完成,明善(めいせん)堂と改称された。寛政8年11月5日死去。50歳。名は源清

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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