権藤村(読み)ごんどうむら

日本歴史地名大系 「権藤村」の解説

権藤村
ごんどうむら

[現在地名]飽田町護藤ごんどう

南は五町新開ごちようしんかい村、西と西北正保しようほ村、北東池畑いけはた(現熊本市)に接する水田地帯。天文四年(一五三五)の鹿子木親員知行目録(鹿子木文書)に「九町 権藤」とある。戦国期の山上内田知行目録写(内田文書)に内田和泉守分として「河尻之内権藤」一町五反と、内田因幡守分として「河尻之内権藤」六段が記され、同じく山上衆知行目録写(同文書)に「河尻之内権藤」の「一所壱町五段 内田新十郎」が記される。

慶長一二年(一六〇七)検地帳によれば田方一二〇町九反五畝余・畠方四〇町四反一畝余、分米一千八九四石八斗余で、家数二〇〇、男一四九・女一二七、牛三二・馬一、桑一九本で、屋敷登録人は九八人。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む