横川原町(読み)よこがわらまち

日本歴史地名大系 「横川原町」の解説

横川原町
よこがわらまち

[現在地名]高岡川原町かわらまち

下川原町の北に並行して延びる両側町で、東端小馬出こんまだし町に直交する。地子町で、享保五年(一七二〇)小馬出町と下川原町の一部をさいて成立。歩数一六七歩二厘(不歩記)、明治六年(一八七三)の地子地一千六〇八坪五合(沽券調総計帳)。天明五年(一七八五)の家数三四(家数書上帳)、寛政一二年(一八〇〇)中川原なかがわら町の出火で三六軒を焼失

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む