下川原町
しもかわらまち
[現在地名]龍野市龍野町下川原・龍野町川原町
揖保川に沿って細長く続く町筋で、北は上川原町、南は日山村に続く。枝町として湯屋の小路・豆板の小路・紺屋町・小川町・川原町・下川原町分下タ町がある。今宿筋と下川原町筋が交差する南の船元には釘貫門があり、広場の南には番所と船渡場(楠の渡)がある。南の川原町と下町に挟まれた下タ町筋一帯には武家屋敷があり、藩儒の本間家・俣野家・藤江家のほかに天明元年(一七八一)設けられた藩直営の板場水車がある(寛政一〇年龍野惣絵図)。寛文一二年(一六七二)には面積は一町九反余、地子高一四石余・取米一〇石余、家数六九、年寄は相生屋三郎右衛門(龍野市史)。
下川原町
しもがわらまち
[現在地名]高岡市大町・川原町
弐丁町の北に東西に延びる両側町。西は千保川に面し、東は小馬出町に続く広い町。当町の北西部を川原下町とも称した。本町で、津幡江屋新兵衛・手洗野屋彦兵衛が最初に来住したという(高岡町由緒聞書)。明和八年(一七七一)の高岡町絵図(高岡市立中央図書館蔵)によれば、町西方に川原下町と瞽女町(横川原町内)が記され、小馬出町境には横川原町が描かれる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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