橋浦村(読み)はしうらむら

日本歴史地名大系 「橋浦村」の解説

橋浦村
はしうらむら

[現在地名]北上町橋浦

追波(おつぱ)川の北岸、北方を古川(ふつかわ)堀が東流する。西は長尾(ながお)村、北は女川(おながわ)村。村名はかつて青立木(あおたてき)という所に橋が架けられていたことに由来するという(安永風土記)。横川(よこかわ)と船で結ばれ、飯野川(いいのがわ)(以上現河北町)、追波浜に至る道が通る。桃生郡北方二〇ヵ村の村で、正保郷帳に村名がみえ田一一貫六六六文・畑二貫五一五文で、ほかに新田一二三貫八四文。村内の大須(おおす)町(大須新田)・片(かた)町は片倉小十郎の家中町で、寛永五年(一六二八)に野谷地一一七貫六八二文分を当地に拝領(「安永風土記」片倉小十郎書上)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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