橋詰遺跡(読み)はしづめいせき

日本歴史地名大系 「橋詰遺跡」の解説

橋詰遺跡
はしづめいせき

[現在地名]久万町露峰 橋詰

二名にみよう川と父野ちちの川とが合流して露峰つゆみね川となる地点の父二峯中学実習地や診療所のあるはや鳥居のある御所駄馬ごしよだばなど一帯を含む橋詰遺跡(標高約五〇〇メートル)は水も得やすく日照もよく、縄文後期―晩期の土器片多数と石鏃を出している。

また父野川分岐点の南岸にある生姜駄馬しようがだばでも同様遺物のほかに石匙なども出土。橋詰付近河川の分岐点を中心に約二千五〇〇ないし三千年ほど前には縄文人が久万盆地同様活発な生活をしていたことが知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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