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橘道貞 たちばなの みちさだ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

橘道貞 たちばなの-みちさだ

?-1016 平安時代中期の官吏。
和泉守(いずみのかみ)をへて長保6年(1004)陸奥守(むつのかみ)となる。藤原道長にちかかった。和泉式部とのあいだに小式部内侍(こしきぶのないし)をもうけた。長和5年4月16日死去。

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朝日日本歴史人物事典の解説

橘道貞

没年:長和5.4.16(1016.5.24)
生年:生年不詳
平安中期の官人。広相の孫で下総守仲任の子。長徳1(995)年ごろ和泉式部と結ばれた。彼女の女房名は道貞が和泉守であったことによる。ふたりの間に小式部内侍が生まれている。結婚生活は幸福ではなかったようで寛弘1(1004)年陸奥守となったときには,ふたりは離れており,任国への下向の途次,尾張守大江匡衡,赤染衛門夫妻のところへ立ち寄っている。後年左京命婦と結ばれたらしい。権力者藤原道長に追従して,私邸を提供したり,馬を贈るなど典型的な受領であった。

(朧谷寿)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の橘道貞の言及

【和泉式部】より

…式部の父は,朱雀天皇の皇女で冷泉天皇の皇后となった三条太皇太后昌子内親王に,太皇太后宮大進として仕え,母も同内親王に仕えていたから,式部は幼いころ昌子の宮邸で過ごしたと思われる。20歳のころ,父の推挙で和泉守となった太皇太后宮権大進橘道貞の妻となった。和泉式部の名は,夫が和泉守であったことによっており,父が式部丞ででもあったものかと思われる。…

※「橘道貞」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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