檜隈民使博徳(読み)ひのくまのたみのつかい はかとこ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「檜隈民使博徳」の解説

檜隈民使博徳 ひのくまのたみのつかい-はかとこ

「日本書紀」にみえる倭漢(東漢)(やまとのあや)氏配下の渡来系の人。
身狭青(むさの-あお)とともに雄略天皇に史部(ふひとべ)(書記官)としてつかえ,雄略天皇8年,12年に青とともに中国の呉(くれ)に派遣され,漢織(あやはとり),呉織(くれはとり)らをつれて帰国したという。檜隈は倭漢氏が本拠とした大和(奈良県)高市郡檜隈(檜前)村の地。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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