櫃崎村(読み)ひつざきむら

日本歴史地名大系 「櫃崎村」の解説

櫃崎村
ひつざきむら

[現在地名]大館市真中まなか字櫃崎

大館盆地の西部、米代川南岸の河岸段丘上に位置する。戦国期の館跡が現存、小字館宅地たてたくち館下たてしたが残る。米代川の氾濫原上にあるため、近世に入って開発が進められ、一関文書(大館市史)によれば、元和元年(一六一五)に次のような開発許可証が出された。

<資料は省略されています>

同九年大館城代が新田開発した数村の中にも櫃崎村が含まれている。享保一五年(一七三〇)の「六郡郡邑記」には櫃ヶ崎村とあり、戸数は四〇で、枝郷は鷹戸屋たかどや九軒と米代川対岸のたて(立)ばな一八軒、山田渡やまだわたり九軒があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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