正光寺跡(読み)しようこうじあと

日本歴史地名大系 「正光寺跡」の解説

正光寺跡
しようこうじあと

[現在地名]両津市羽吉

深町ふかまち川上流右岸の羽黒はぐろ城跡西側にある。現新穂にいぼ村の神宮じんぐう寺に保管される梵鐘には、永仁三年(一二九五)九月日銘で「佐州羽黒山正光寺」とあり、佐渡の守護であった大仏宣時の菩提祈祷のために、沙弥能主が寄進したもの。国指定重要文化財。当寺は羽黒神社の別当寺で天台宗であったが、上杉景勝の佐渡入国により真言宗に転宗(佐渡年代記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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