日本歴史地名大系 「正名舎跡」の解説 正名舎跡せいめいしやあと 宮崎県:串間市西方村正名舎跡[現在地名]串間市西方 郡元高鍋藩飛地福島(ふくしま)院西方(にしかた)村に、地方役人養成を目的として藩内で最も早く創設された郷学校。現在の串間市立福島小学校の前身。文政一一年(一八二八)福島郡代が、福島諸士・奉公人の子弟に郡代所で月六度の講書と武術稽古を開始したのに始まる(続々本藩実録)。もっとも、それまでも郡代所大広間で、郡代・代官が漢書を講じていたという。天保一三年(一八四二)時の郡代が、郡代所の北東側にある付属官舎を学問稽古所とし、これを正名舎と名付けた(宮崎県史蹟調査)。正名舎はこの後、元治元年(一八六四)に郡代所北西側に新築移転(同書)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by