正田村(読み)しようでんむら

日本歴史地名大系 「正田村」の解説

正田村
しようでんむら

[現在地名]新見市正田

唐松(からまつ)村の西に位置し、西は高梁(たかはし)川を挟んで金谷(かなや)村・石蟹(いしが)村。下川(しもがわ)・荒堀(あらぼり)・上正田・横路(よころ)・今見欠田(いまみかげた)の集落があり、吹屋(ふきや)往来が通る。中世には村社(むらこそ)郷に属し、弘安四年(一二八一)一〇月二日、左兵衛尉季綱が子の弥熊丸に譲った村社郷内の一所として「庄田村東方」がみえる(同八年八月三日「関東下知状」慈光寺文書)。寛永備中国絵図に村名がみえ高一九一石余、松山藩領(以後の領主の変遷は唐松村に同じ)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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