武佐村(読み)むさむら

日本歴史地名大系 「武佐村」の解説

武佐村
むさむら

[現在地名]近江八幡市武佐町

西生来にしようらい村の南西にあり、南は長光寺ちようこうじ村。古くから交通の要衝で、中世東海道、近世中山道の宿として発展した。なお中世には長光寺村を含む一帯を武佐と称していたようで、文和二年(一三五三)九月、翌三年一二月、康安元年(一三六一)一二月と三度にわたって、足利尊氏・義詮父子に奉じられた後光厳天皇が逗留した「武佐宿行宮」(「皇代略記」文和四年二月八日条)長光寺村の長光寺であったとされる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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