母木村(読み)ははきむら

日本歴史地名大系 「母木村」の解説

母木村
ははきむら

[現在地名]気高町宝木ほうぎ

新町しんまち村の南、河内こうち川下流東岸にあり、南は富吉とみよし村。西は下坂本しもさかもと村。栂の大樹があったことから古くはとが村とよばれていたが、栂の文字を分けて母木と改めたという(因幡志)。「ほぎ」などともよんだ(藩史)。遅くとも寛永一四年(一六三七)までには伯耆街道宿駅が置かれた(在方御定)。元禄国絵図・元禄郷帳作成の際母木宿を含む北部が新町村として分村し、一方新町村北東の酒津さけのつ村と一村とされ、母木宿から母木村に改められた(元禄一四年「変地其外相改目録」県立博物館蔵)。酒津村はのちに再び分村した。正保期(一六四四―四八)作成とされる因幡国絵図(県立博物館蔵)では母木宿とみえ、高三三三石余(新町村分を含む拝領高に相当か)、元禄郷帳では高三六三石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む