母栖村(読み)もすむら

日本歴史地名大系 「母栖村」の解説

母栖村
もすむら

[現在地名]山崎町母栖

揖保(いぼ)川中流左岸の杉(すぎ)ヶ瀬(せ)村から山道を東に入った山奥部にある。寿永三年(一一八四)の一ノ谷合戦に敗れた平維盛の妻富士の局と家来の満友が逃れ住んだ所と伝えられ、維盛が隠住した阿波国の奥地を父栖(ふす)村とよんだという。中世は神戸(かんべ)庄(神戸郷)に含まれていた。年月日未詳の神戸本所・半済名々注文(伊和神社文書)に、本所分として「母栖 惣山方へ五百文」とみえる。慶長国絵図に「茂須村」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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