比田山城跡(読み)ひたやまじようあと

日本歴史地名大系 「比田山城跡」の解説

比田山城跡
ひたやまじようあと

[現在地名]東城町久代

久代(くしろ)の比田山(四二〇メートル)に築かれた中世の山城。「久代記」(山口県文書館蔵)によれば、城主宮氏はもと大和国宇多(うだ)郡を領していたが、明徳二年(一三九一)山名氏清が謀反したとき、宮利吉が山名氏に味方をしたことが後年発覚し、応永六年(一三九九)幕府は宮氏の領地を没収し、利吉は三〇人余の家臣とともに久代に移った。その後この比田山城を築き村人は久代殿と仰いだという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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