気田十五七百村(読み)けたじゆうごしちひやくむら

日本歴史地名大系 「気田十五七百村」の解説

気田十五七百村
けたじゆうごしちひやくむら

[現在地名]春野町気田

気田村またはその近辺に位置すると考えられるが、位置は明確ではない。「遠江国風土記伝」では当村の項に金川(きんがわ)の地名を載せ、「遠淡海地志」では本気田入会とする。「掛川誌稿」では気田本村の西に八戸、金川の岸に三戸ありとする。天保国絵図では気田村の対岸、平木(ひらき)村の下流に描かれる。十五七百の訓は「掛川誌稿」では「きいなご」、「遠淡海地志」では「きいなも」としている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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