気賀関所跡(読み)けがせきしよあと

日本歴史地名大系 「気賀関所跡」の解説

気賀関所跡
けがせきしよあと

[現在地名]細江町気賀

江戸期東海道脇往還である本坂通にあった関所。現在の気賀きが地内上町かみまちの中央付近が跡地とされる。北遠や奥三河へ抜けるのを防ぐ金指かなさし関所(現引佐町)とともに浜名湖北岸交通の重要拠点であった。江戸幕府は関ヶ原合戦直後の慶長六年(一六〇一)頃に東海道の新居あらい関所(現新居町)を設け、本坂通の気賀けが村には旗本気賀近藤氏の陣屋に併せて気賀関所を開くこととし、気賀近藤氏が関守となって明治まで管理が続けられた。関所の開設年については、御関所覚書(中村家文書)が元和五年(一六一九)とするほか、慶長五年・同一七年、寛永(一六二四―四四)初年などの諸説がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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