水口沢村(読み)みなくちざわむら

日本歴史地名大系 「水口沢村」の解説

水口沢村
みなくちざわむら

[現在地名]川西町水口沢

中屋敷なかやしき村の南、伊勢平治いせへいじ村とは境界が錯雑している。「白川風土記」によると、開発は文禄―慶長(一五九二―一六一五)頃と伝える。正保国絵図に村名がみえる。ほかに「千手新田」高一五六石余が一村として記される。元禄七年(一六九四)の妻有組村名書上帳(福原氏蔵)によると、正保四年(一六四七)に「祝米分」の開発が行われている。千手新田は当村・中屋敷村宗正むねまさ村・沖立おきだて村・上新井かみあらい村・山野田やまのた村・東善寺とうぜんじ村七ヵ村の百姓が家建てして成立。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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