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水島卜也 みずしま ぼくや

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

水島卜也 みずしま-ぼくや

1607-1697 江戸時代前期の有職(ゆうそく)家。
慶長12年生まれ。小池甚之丞の門人,斎藤三郎右衛門に小笠原流礼法をまなび,江戸で道場をひらいて水島流を称した。将軍徳川綱吉の子徳松の髪置きの儀で名をあげ,武家礼法を民間に普及させた。元禄(げんろく)10年8月14日死去。91歳。名は之成。字(あぎな)は元成。通称は伝右(左)衛門。著作に「古今元服口伝」「水島卜也秘書」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

水島卜也

没年:元禄10.8.14(1697.9.28)
生年:慶長12(1607)
江戸前期の故実礼法家。字は元成,元也。通称伝右衛門。卜也は剃髪後の号。小笠原家伝を伝授された小池流の創始者で豊前小倉藩(福岡県)藩士小池貞成の門人斎藤三郎右衛門久也に小笠原流の諸礼式を学び,水島流を創始して江戸に道場を開いた。堀田正英の命により,5代将軍徳川綱吉の世嗣徳松(1683年,5歳で没)の髪置の儀(3歳のとき,短くしていた頭髪を初めてのばす儀式)を小笠原流で執り行うに当たり,この儀式に欠かせない白髪を調進して名を馳せた。

(白石良夫)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典内の水島卜也の言及

【小笠原流】より

…室町幕府の崩壊とともに小笠原両家(京,信濃)も衰運の途をたどったが,一族赤沢経直が小笠原姓に復して徳川幕府に仕え,吉宗のころ貞政が世に出,幕府の弓馬礼式をつかさどり,以来礼式家としての小笠原の名を今日に伝えている。このほか民間では,元禄のころ水島卜也が小笠原流を称して諸礼法を教え,小笠原流の名は,封建時代における女子教養の代名詞とさえされた。【二木 謙一】。…

※「水島卜也」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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