永原御殿跡(読み)ながはらごてんあと

日本歴史地名大系 「永原御殿跡」の解説

永原御殿跡
ながはらごてんあと

[現在地名]野洲町永原・中北

永原集落の西方にあった将軍徳川氏の宿舎・休憩所。南東を通る朝鮮人街道とは御殿道で結ばれていた。正式名御茶屋屋敷、通称を永原御殿という。敷地は妓王・妓女の出た江部(江辺)氏居宅跡と伝える(輿地志略)。江戸時代初頭に建設され、慶長六年(一六〇一)一〇月一二日徳川家康が宿泊したのが最初とされる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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