永幸寺(読み)えいこうじ

日本歴史地名大系 「永幸寺」の解説

永幸寺
えいこうじ

[現在地名]玉造町甲

諸井もろいにある。時宗、八幡山玉造院と号し、本尊阿弥陀如来。寺伝では文永年中(一二六四―七五)に玉造二代城主宗政が城内に創建開山はその子右京太夫永幸。初め天台宗であったが、弘安二年(一二七九)時宗二世真教が常陸国教化のため訪れたとき、永幸が真教に帰依し時宗にしたという。歴代玉造城主の保護を受けたが、戦国末期の同氏滅亡で廃寺となり、その後元禄年中(一六八八―一七〇四)水戸藩主徳川光圀が現在地に再建という。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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